御所坊 春風舞踊

陶泉 御所坊(有馬温泉)

2015.4.12–13

構成・振付・出演:ボヴェ太郎

谷崎潤一郎が愛した陰翳美が今も変わらずに残る、建久二年(1191年)創業の有馬温泉にある老舗旅館「御所坊」。茶室からのぞむ庭を舞台に、気鋭の現代舞踊家 ボヴェ太郎が舞います。桜の老木のもと、木漏れ日の注ぐ昼、和蝋燭の仄かな灯に浮かび上がる夜、それぞれ異なる趣を感じて頂ける企画となっております。公演と合わせて、歴史ある有馬の地をゆったりとご堪能下さい。

御所坊の歴史
建久二年(1191年)創業と伝えられる。当初、御所坊は温泉の湯殿の脇に店を構え、「湯口屋」と呼ばれていた。藤原定家の日記「名月記」によると、創業まもない承元二年(1208年)十月、定家が訪れた有馬は貴人でにぎわっており「湯口屋」には平頼盛の後室が泊っていたようだ。
14世紀末、足利義満が有馬温泉を訪れ、湯口屋に逗留したようで、この逗留を期に「湯口屋」は「御所」と呼ばれるようになった。室町幕府6代将軍足利義教や同8代将軍足利義政に仕えた相国寺第50世住持の瑞渓周鳳は、享徳元年(1452 年)四月に有馬を訪れ、日記の中に、この「御所」の由来について記している。文明15年(1483年)8月、蓮如上人が「御所」へ逗留した。この頃、「御所」の名前に「坊」がついたようだ。
天正十一年(1583年)以降、豊臣秀吉は北政所ネネや千利休等を連れて何度も有馬に訪れた。文禄三年(1594年)には、有馬に秀吉の湯山御殿を建設、その際に「御所坊」は秀吉から十三石を譲り受けて現在の滝川沿いの場所に移った。
明治の開国に伴って日本各地に外国人居留地が出来た。神戸港は慶応4年(1868年)に開港。当時、居留地を超えて移動できる範囲が規制されていた外国人にも、神戸からごく近い有馬温泉へは訪れる事が許された。関東大震災を期に、関西に移住してきた文化人と、この外国人との文化が混じり合い、阪神間に独特の文化が花開いた。この時代、御所坊ではフランスから取り寄せたステンドグラスや寄木細工で飾った床等を設えたダンスホールが作られ、今もその姿が残っている。
関東大震災を期に関西に移住した谷崎潤一郎は、昭和十一年(1936年)に発表した小説「猫と庄造と二人のをんな」の中に御所坊を登場させた。陰翳から滲み出る日本の美を愛した谷崎潤一郎、彼が好んで訪れた当時の御所坊の木造建築が、今も変わらず残っている。
昭和二十九年(1954年)7月、吉川英治は新平家物語の取材旅行で御所坊を訪れ、滝川のせせらぎと河鹿蛙の鳴き声が窓の外から聴こえる御所坊の2階の風情を詩にした─「水音は二階に高き河鹿かな」─。昭和50年代(1980年代)、有馬の多くの建物は効率化を求めて鉄筋コンクリートに変わり、有馬は一挙に近代化した。しかし、15代目金井四郎兵衛は、不便でも趣きある昔ながらの木造建築を維持しつつ、無方庵綿貫宏介とともに独自の空間へ熟成させた。「無用の用」 一見無駄に見えても、その実とても大切な物があるのだ。


主催: 御所坊